【清洲城】戦国時代の名場面の舞台にもなった織田信長の城|金色の鯱が飾る天守から名古屋を望む!

織田信長のお城として有名な、愛知県清須市にある「清洲城」へと行ってきました。

愛知県のお城としては名古屋城が圧倒的な知名度を誇るため、あまり注目されていないように思いますが、実は数々の歴史イベントの舞台にもなったお城です。

今回の記事では、名古屋から清洲城までのアクセスや駐車場、見学の様子や注意点をまとめて紹介します。

目次

清洲城とは

清洲城

現在の愛知県清須市に存在した清洲城は、多くの街道が交差する東海道の要衝として、織田信長の台頭を見守った城として、戦国時代の重大イベントにおける舞台として、日本の歴史に大きな影響を与えたといっても過言ではないでしょう。

モッシュ

遺構がほとんど現存しておらず、日本100名城には選ばれていませんが、歴史ロマンに溢れる名城です!

尾張国の戦略と文化の拠点

清洲城が築かれたのは室町時代にあたる応永12年(1405)、尾張国の守護所であった下津城の別邸としてであったと伝わっています。

この頃は戦国時代に入る前ということもあってか、城塞というよりは大きな館といったものだったようです。

その後、下津城が尾張守護代・織田家(弾正忠家の織田信長にとっては主家)の内紛で焼失すると、清洲城が尾張国の首府となりました。

清洲城は尾張国の中央部に位置しており、足利将軍のいる京都や、当時は関東の中心であった鎌倉を結ぶ交通の要衝であったため、政治・経済の中心として繁栄していきます。

織田信長の時代

清洲城は尾張国守護代の清洲織田家が治めていましたが、戦国時代に入り、家来筋にあたる弾正忠家の織田信秀・信長と争いが起こります。

当時の当主である織田信友は、信秀の死後、信長の弟である信勝の弾正忠家継承を支持しますが、叔父・信光と組んだ信長に圧され、最後には清洲織田家は断絶させられてしまいました。

以降、那古野城から移った信長によって大改修を施され、10年にわたり居城とされることになります。

この改修で、清洲城は周囲に家臣達の屋敷を置く総構えの守りを備えるようになりましたが、まだこの時点では天守閣は存在していませんでした。

信長はこの城から今川義元との決戦「桶狭間の戦い」に出陣し、戦後には松平元康(のちの徳川家康)と「清洲同盟」を結びます。

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美濃の斎藤氏との戦いに備えて小牧山城に移るまで、織田信長の台頭を支えた名城であることがわかりますね。

名場面の舞台としての清洲城

織田信長が小牧山城、岐阜城、安土城と居城を移していくと、清洲城の城主は嫡男・信忠、次男・信雄へと引き継がれていきます。

信雄の時代には最大郭域まで拡大し、東西約1.6km、南北約2.8kmに城下町までを含む巨大な城塞都市となりました。

これはのちに徳川家康の天下普請で築かれた名古屋城を上回る規模であり、当時の朝鮮通信使が残した記録にも「関東の巨鎮」として記されているほどです。

天正10年(1582)、本能寺の変で信長が散ると、織田家後継を決める重臣たちの会議「清洲会議」がこの地で開催されます。

会議の結果、謀反人・明智光秀を討伐した羽柴秀吉の発言力が増大し、それまでの筆頭重臣・柴田勝家や信長の三男・信孝との対立の契機ともなりました。

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清洲城は、秀吉が明確に天下取りへと歩みを進めることになる重大イベントの舞台でもあったのです!

復元された清洲城の建築様式

慶長5年(1600年)の「関ヶ原の戦い」で勝者になった徳川家康の命令で、尾張国の中心は新たに築かれる名古屋城とされ、清洲城は廃城となり、城下町も移転される(清洲越)ことに。

破却される清洲城の資材は名古屋城築城にも使用され、御深井丸西北隅櫓は清洲城天守を転用されたことで「清洲櫓」とも呼ばれたそうです。

現代においては、残念ながら清洲城の城跡は開発によって大部分が失われてしまっています。

清洲城の郭域は東海道本線と東海道新幹線によって分断されており、現存しているのは本丸土塁の一部が残るのみ。

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日本の歴史に大きな影響を与えた名城が失われてしまったのは残念ですね……。

現在見られる清洲城は、平成元年(1989)に旧・清洲町の町制100年記念として、清洲城跡の隣地に建設されたコンクリート造の模擬天守です。

清洲城は創建当時の絵図面などがなかったため、想像で設計されており、桃山時代の華やかな雰囲気を備えた天守となっています。

清洲城へのアクセス

名古屋駅から清洲城へ向かう場合、電車であればJR東海道本線・清洲駅、もしくは名鉄名古屋本線・新清洲駅が最寄り駅。

どちらからでも清洲城まで徒歩約15分と変わりませんので、滞在先などとの位置関係やタイミングの合う方を利用すれば良いかと思います。

車で訪れる場合は名古屋第二環状自動車道の清洲東インター、名古屋高速道路の清須出口からどちらも約5分です。

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清洲城には無料駐車場がありますよ!

新清洲駅

ボクは滞在先のホテルからより近かった名鉄を利用し、新清洲駅から清洲城を訪れることに。

新清洲駅はそれほど大きな駅ではなく、周辺には住宅街が広がる長閑な雰囲気。

道のり

駅前は開発中なのか、空き地が広がっており、コンビニなどは見当たらず。

清洲城までの道のりは平坦で歩きづらいということはありませんが、日陰がまったくありません。

モッシュ

この日は日差しのきつい晴天だったので、肌をジリジリと焼かれながら汗だくになって歩きました…。暑さ&日焼け対策必須!

道のり

五条川に架かる長者橋を渡り、そのあとは川沿いにひたすらまっすぐ歩きます。

道のり

川沿いを5分ほど歩くと、清洲城の目立つ朱色の橋が見えてきました。

道のり

右手には清洲城の天守閣も見えてきました。

モッシュ

あれ、朱色の橋を渡って清洲城に行きたかったのに……。

後でグーグルマップを見返してみると、先ほど五条川を渡ったのが良くなかったみたいです。

最短距離を行くなら間違いではないのでしょうが、どうせならあの朱色の橋を渡って登城気分を味わいたいですよね。

JR・清洲駅、名鉄・新清洲駅のどちらも五条川を挟んで清洲城の対岸側にあるため、お城の目の前に行くまでは川を渡らない方が良いようです。

清洲城周辺の駐車場

清洲城から見て五条川対岸にある清洲公園には、無料で停められる駐車場(113台)があります。

清洲城からは少し離れていますが、かなり広い駐車場なので、桜祭りなどのイベント時期でなければ問題なく駐車できると思います。

清洲城の営業時間・入場料

清洲城
営業時間入場料・使用料
清洲城 天守閣9:00〜16:30大人 300円 / 小人 150円
芸能文化館・芸能の間9:00〜17:00午前・午後とも5,000円
芸能文化館・黒木書院9:00〜17:00午前・午後とも3,000円

一般の観光客として清洲城を訪れる場合、天守閣の営業時間、入場料を参照すればOK!

戦国時代の名場面の舞台「清洲城」に登る

清洲城

せっかくなのでいったん五条川に架かる「大手橋」を渡り、対岸から改めて清洲城見学をスタート。

ガイドブックなどで清洲城を紹介する写真はこの朱色の橋の上から撮影されたものが多いですし、天守からの眺望と並ぶ清洲城見学のハイライトでもあります。

モッシュ

安土桃山時代らしい華やかな雰囲気を感じられるので、ぜひ一度はここに立ってみてくださいね!

華やかな桃山様式の天守

清洲城

門をくぐるとすぐ目の前に、石庭越しの天守閣が構えています。

再建された清洲城は、当時の城域と比べるとかなりコンパクトになっていて、建造物は天守閣とその脇にある御殿風の「芸能文化館」のみで構成されています。

清洲城

名古屋城などの巨城と比べると小ぶりなものの、朱色の欄干と黄金に輝く鯱鉾が目を引く天守閣。

当時の絵図などが残っておらず、当時を想像して設計された再建天守ではありますが、猛々しさよりも華やかさを感じさせる優美な印象を受けました。

充実の展示資料で清洲の歴史を知ろう

清洲城

再建天守閣の中は見学することができます。

モッシュ

入り口はまさかの自動ドアでした…(笑)

清洲城

再建天守のためか、城域が正確にわかっていないためか、希少な遺物の展示などはあまり無いものの、清洲城の歴史や価値の移り変わりを学ぶことができる展示物は充実。

ボクのような歴史好きには楽しめる施設でしたが、歴史に興味が無い人には少々物足りないかもしれませんね。

清洲城

再現された石落としには実物大の足軽!けっこうリアルです。

こういうのがもっといっぱいあれば子供でも楽しめそうですが、ボクが見かけたのは石を落とす彼と、狭間から外を覗くもう一人だけでした。

清洲城

城内には御城印を押せるスポットもありました。

「信長四城」と題して信長ゆかりの4城を巡るというものですが、同じ愛知県内の小牧山城はともかく、岐阜県の岐阜城、滋賀県の安土城は一度に訪れるのが大変そう。

信長のイラストは格好いいので、興味がある人はお土産代わりにもらっていくのも良いですね。

名古屋を望む天守から「清洲越」に思いを馳せる

清洲城

コンクリ造な雰囲気丸出しの階段を登って行くと、天守閣最上部にたどり着きます。

外から見たとおり比較的小ぶりな天守閣で、登るのはそれほど大変ではありませんでした。

清洲城

室内には黄金の織田信長像と、なぜかその目の前に太鼓が置かれていました。

清洲城
モッシュ

こちらが天守閣からの景色!

晴天に朱色の大手橋が映える爽やかな絶景が広がります。

すぐ横を走る線路は新幹線が通過することもあるので、タイミングが合えば写真に収めることもできますね。

清洲城

こちらは名古屋方面を望む景色です!

ちょうど鯱鉾の奥あたりに名古屋の街があり、本当は名古屋城も見えるはずなのですが、ボクは見つけられませんでした……。

清洲城から名古屋城へと移転を行った「清洲越」では、武士だけでなく、町人たちも含めてみんなでこの距離をお引越ししたそうです。

モッシュ

どんな気持ちで生まれ育った清洲を離れたのでしょうね…。

「清洲ふるさとのやかた」で郷土スイーツを楽しもう

清洲ふるさとのやかた

清洲城の見学を終えた後に立ち寄りたいのが、こちらの「清洲ふるさとのやかた」です。

清洲城とは五条川を挟んで対岸にあり、大手橋を渡ったすぐ先にある無料の休憩施設。

清洲駅、新清洲駅から清洲城までは、休憩できるようなスポットがあまりないため、一休みするならここでしょう。

モッシュ

ボクも炎天下の中を歩き回っていたので、とてもありがたかったです……!

郷土スイーツ

お土産の他に、アイスコーヒーやアイスクリームなども販売していました。

愛知県の伝統野菜でもある土田かぼちゃのアイスクリームなど、ご当地のものを使った商品はついつい試してみたくなりますね。

アイスコーヒー

数こそ少ないですが、大手橋越しに清洲城を望む窓際にはシートが用意されています。

モッシュ

ボクもアイスコーヒーを飲みながら一休みさせてもらいました!

清洲城見学のおすすめポイントと注意点

五条川

清洲城は現代に再建されたお城ではありますが、十分に足を運ぶ価値はあると思います。

一方で、訪れる際にはいくつか気をつけるべき点もあると感じたので、ここでまとめておきます。

清洲城訪問の注意点

  1. 公共交通機関でのアクセスはいまいち → 歩きやすい靴必須!&時間にはゆとりを
  2. 道中は日陰がほとんどない → 特に夏場は熱中症&日焼け対策を忘れずに!
  3. 歴史的価値はあまり高くない(想像で設計・場所違う)→ 過度な期待はNG!

清洲城は名古屋からは少し距離があり、電車、バスのどちらを使ってもそれなりの時間歩く必要があります。

平城なので山歩きのようなことにはなりませんが、ある程度所要時間を確保した上で訪問するようにしましょう。

また、道中は直射日光を浴び続けることになるため、日焼け止めは必須ですし、夏場は熱中症対策も欠かせません。

また、織田信長の城として知名度はある清洲城ですが、本来の跡地とは違う場所に再建されたものであり、その当時の図面が残されていないため想像で設計されています。

モッシュ

知名度はあるにも関わらず、日本100名城にも選定されていないのは上記のことも要因でしょう。

個人的には歴史ロマンを感じる良いお城だと思いますが、歴史的・考古学的価値を求めて訪れるのは違うかもしれません。

清洲城のまとめ

清洲城

織田信長の飛躍を支えた名城「清洲城」は、日本史に興味のある人であれば一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

信長は今川義元を破った桶狭間の戦いにこの地から出陣し、松平元康と協力関係を築いた「清洲同盟」や、信長死後の織田家の体制を決めた「清洲会議」といった歴史イベントの舞台ともなりました。

モッシュ

信長は小牧山城、岐阜城、安土城と、本拠地を度々移転していますが、個人的には清洲城のイメージが強いです。

残念ながら跡地はほとんどが開発されてしまい、現在の清洲城は本来の跡地の隣地に建つ再建天守。

それでも日本史きっての有名人・織田信長の覇業に想いを馳せることができる名城だと思います。

愛知県のお城といえば、どうしても天下の名城「名古屋城」が注目されてしまいますが、名古屋から近く日帰りで足を伸ばせる清洲城にもぜひ行ってみてくださいね!

清洲城のまとめ

  • ロケーション  道のり平坦だが、公共交通機関では所要時間やや長め
  • 一人でも楽しめる?  一人旅 or 家族連れが中心で、さほど混雑もしていない
  • 満足度  清洲市のシンボルで、雰囲気を楽しむならGood!!

清洲城の基本情報

住所〒452-0932 愛知県清須市朝日城屋敷1-1
電話番号052-409-7330
公式HPhttps://www.city.kiyosu.aichi.jp/shisetsu_annai/
営業時間9:00〜16:30(天守閣)
駐車場無料

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